算数教育に於ける教条主義の克服(2)
3. 新しい数理の導入段階では、帰納的方法が主役となる。
まず、わたしの実践を紹介しよう。6年の“立体図形”を学習したときのものである。
わたしは、角柱の模型を見せながら、まず、その頂点の数を調べさせた。
「三角柱の頂点の数は、いくつですか。」
子どもたちは、三角柱の模型を見つめ、その頂点の数をかぞえた。
「6つです。」
わたしは、三角柱の模型で実際に確かめさせた。ひとりの子どもが模型を指さしながら
「上に3つ、下に3つあるから、全部で6つです。」
と説明した。
「じゃ、四角柱の頂点の数はいくつですか。」
「8つです。」
「なるほど、じゃ、五角柱の頂点の数は?」
「10です。」
子どもたちの挙手は、ますます多くなり、早くなった。
わたしは、おどろいた表情で
「どうしてそんなに簡単に早く頂点の数がわかるのかな。じゃ、六角柱の頂点は?」
「八角柱は?」
と、つぎつぎとたずねた。
子どもたちは、得意になって全員いきおいよく挙手し、
「12です。」
「16です。」
と答えた。そこでわたしは、
「じゃ、百角柱の頂点の数は、いくつですか。」
と、たたみかけた。子どもたちは即座に
「200です。」
と答えた。そして
「五角柱の頂点の数は、5×2。六角柱の頂点の数は、6×2.だから、百角柱の頂点の数も、100×2で200になります。」
と説明した。子どもたちは、はじめは三角柱の模型を見て、つぎには四角柱、五角柱の模型をイメージとしてえがきながら、N角柱の頂点の数は、N×2で求められることを帰納的にひき出したのだ。わたしは、
「みんなは、すばらしいことに気づいたね。もし、百角柱の頂点を模型を使って、指で数えようとしたら大変なことです。ところが、みんなはそれを五角柱や六角柱と同じ考え方で頭の中で数えた。それが、算数の偉力です。“N×2”というのが、この問題の“鍵”です。みんなは、その鍵を自分の力で発見したのです。」
と、ほめてやった。子どもたちの眼は輝いた。
つづいて、子どもたちは、N角柱の面の数はN+2。N角柱の辺の数はN×3になることをみつけた。
最後に、わたしは“オイラーの多面体公式”
(面の数)+(頂点の数)―(辺の数)
が、どうなるかを調べさせた。そして、どんな角柱でもすべて2になることに気づかせた。子どもたちは、数学の偉力に深く感動し、その魅力にとりつかれた様子であった。
* * *
“ぼくは、算数がとても好きになってきた。もともと算数は好きだったけど、いちだんと好きになってきた。先生は、
「算数は、クイズに似ている。」
と言った。よく考えてみると本当にその通りだ。
角柱の勉強で“オイラーの公式”を習った。三角柱でも四角柱でもみんな答えが2になった。百角柱でやっても九百九十八角柱でやっても、2になった。本当に面白い。このつぎの算数が楽しみだ。“
* * *
これは、そのときの子どもの感想文である。このように、新しい真理・法則の発見段階、新しい数理の導入段階では、帰納的方法がきわめて有効な手段となる。
これは、何も図形指導に限ったことではない。
1年生の繰り上がりの計算指導でも“みかんが8こと3こあります。あわせてなんこでしょう。”といった一つの例題だけで、8に2をたして10,10と1で11と計算する方法を引き出そうとしてもなかなかうまくいかない。結局、こどもたちにいろいろかんがえさせはするが、8+3の計算は8にまず2をたして10とし、10に1をたして11と計算するのがよいと教師の考えを強引におしつける結果になる。子どもにしてみれば、こうしたたった一つの例題だけでは、加数の3を2と1に分解する必要もなく、数え足す方法が一番安心でもあり、10の補数に着目することのよさが実感できないからである。
そこで、わたしは1年生の繰り上がりの計算指導では、たまごパックに入れた9個の卵とざるの中の3個の卵を見せ、
T「卵が9個あります。ざるの中の卵3個とあわせて何個になるでしょう。」
とたずね、そして、パックの中の卵の数をそのままにして、ざるの中の卵の数を、2個、4個、7個、5個---と変えて答えを求めさせた。子どもたちの計算はだんだん速くなり「ハイ、ハイ」と連呼してたいへんな調子である。
つぎにパック9とかいたふたをして答えを求めさせた。
そして
T「どうして、そんなに簡単に答えがわかるの。」
とたずね、
C「そりゃあ、ざるの中の卵が3個だったら1個とって12個と答えやいいし、6個だったら1個とって15個と答えやいいもん。」
C「それは、パックの卵が9個だから、みんな1個うつせばいいの。」
という答えをひき出した。
即ち、9+3,9+2,9+4---と被加数がどれも9である場合は、9の10に対する補数に着目すれば、うまく計算できることに気づかせた。
1年生の子どもに、こうして数理を無理なく発見させ得たのは、まさに、帰納的手段のおかげである。具体物や具体的イメージをよりどころに、同じパターンの直観的解決を繰り返すことによって、子どもの思考回路に質的変化を呼びおこしたのである。
数学者、秋月康夫氏は、その著“ 近代数学の展望”の中で
「数学そのものは公理系の純粋な演繹体系ではあるが、数学者の態度は—1つの理論を建てるにしても—純粋に帰納的なのである。」
といっている。また、哲学者フォガラシ氏も、
「数学も歴史的にみれば帰納的推理によってえられた知識にもとづいてしか成立することができなかった。—数概念の起源そのものが帰納的であった。—し、こんにちでもやはり数学はたくさんの帰納的要素をふくんでいる。」
と、その著“論理学”の中で述べている。
だが、この帰納的方法もありとあらゆる場合に、教条的に適用しようとしてはならない。
(つづく)
( 掲載雑誌は不明。1980年代の掲載と思われる)