算数の学びと指導ー市原式

唯物弁証法の視点から算数教育を見直した小学校教師の著作集

酋長の算数(4)

 二年生になると、12−3、12−9といった十いくつの数から奇数をひく計算の指導をすることになっています。

 この計算のしかたは、いろいろありますが、むかしから減加法と減々法という二通りの方法が多くとられてきました。

 減加法というのは、

13−6

のとき、まず十から六をひいて四、四に三をたして七とする考え方であり減々法というのは、

13−6

のとき、十三からまず三をとって十、十からのこりの三をとって七とする考え方です。

 減加法と減々法のどちらがよいかということは、いろいろな説があって、一概にいうことはできませんが、現在日本では、減加法が多くとられているようです。

 わたしは、ある学校で、二年生の算数の授業をみました。そのとき、ちょうど13−6の計算を指導しておられました。

 黒板に十三本のチューリップの図をかいて、

13−6は

10−6+3

と考えて求められることを、説明しておられました。

 やがて、子どもたちは、おはじきを使って、この考え方をたしかめることになりました。ところが多くの子どもたちは、おはじきを次のように並べ、図の点線でかかれたおはじきをとるのです。これでは、10−6+3という考え方には、結びつきません。

 その先生は、いささかあわてて、

「十三は、十と三でしょう。だから十と三に分けて並べるのですよ。そして十の方から六とるのです。」

と声を大きくして注意されました。

 結局、この授業は、失敗におわりました。

 子どもにしてみれば、おはじき十三個から六個をとるばあい、十個と三個とに分けて、十個の方から六個をとらねばならないという道理は、どこにもないからです。

 子どもたちは、花だんに咲いているチューリップを頭にえがき、端から1本ずつとっていくことを想像したのでしょう。だからチューリップやおはじきでは、十三からまず三をひいて、さらに三をとるという減々法が道理にあうわけです。したがって、ここで減加法のやり方をわからせるためには、チューリップやおはじきでは困るわけです。

 そこで、わたしは、減加法のやり方をわからせるために、おかねを使いました。

 十二円をもっていて、八円のおもちゃを買う場合、二円出してから十円玉をだすバカはいないからです。子どもたちは、十円だして二円おつりがくるから、残っていた二円とあわせて四円になると極めて、自然に考えてくれました。

 数学が理論的であるということは、屁理屈を通すことではなくて、だれもが納得のいく自然な考え方をすることなのです。チューリップで教えた先生は、屁理屈をおしつけてしまったわけです。

 これでは、決して正しい論理的な思考力を養うことはできません。数学はものごとの道理にしたがって、すなおに考えることが大切なのです。

 したがって、子どもたちの論理的な思考力を育てるためには、目的にあった結論が必然的に導きだされるような素材をえらぶことが、まず大切です。

 

 算数教育の目的は、計算機械や測定機のような人間を育てるためではなくて、どこまでも自主的に判断できる正しい思考力をもった人間を育てることにあります。

 計算機械や測定機は、使うものにとっては便利なものですが、自分自身が計算機械や測定機になっては、たまったものではありません。

 子どもたちを小石にするのでなく酋長にすることです。

(おわり)

 

(掲載雑誌は不明。1960年頃の著作と思われる。)