算数の学びと指導ー市原式

唯物弁証法の視点から算数教育を見直した小学校教師の著作集

計算力向上の問題点と対策(2)

 さて、もう一つの点は、従来の計算指導が、数と計算との関係を発展的にとらえないで、静的・形式的にとらえ、数範囲を10までに限って、その中でこうした計算に習熟させようとしたことである。実際、子供たちにとって10までの数範囲の計算では、何も念頭で行わねばならない必要性は少しもないと考えられる。たとえ、具体物がそこになくても、指にその数をおきかえて、その指を数えればよいからである。しかも指は常に身近に有り、彼等にとっては最も信頼できる計算法なのである。

 したがって、こうした指算を否定するためには、指を使うことに困難を感ずるような数範囲まで、数が拡張されねばならない。

 即ち、8+6とか14+23とか28+46といった計算の段階になって、はじめて指算が否定され念頭算へ移行する可能性が生ずるわけである。

 勿論、こうした計算の段階でも、子供たちは、部分的に指を用いようとするが、その指を禁止することによって、その可能性を必然性にかえることが、できるわけである。

 指を禁止された子供たちは、23+46を計算するのに

上のような心象によって、これを計算する。勿論、この心象は指であることもあれば、もっと形の整ったものであることも考えられる。とにかく、こうして子供たちの計算形式は、指算から念頭による暗算へと発展していくものである。

 さて、ここでこの数の発展と計算形式の関係をもうすこし体系的に眺めてみると子供たちが10までの数について、或程度の理解ができると、その数の範囲で、二つの集合の和とか差を求めたり、一つの集合の増減の結果を求めたりすることが行われる。勿論、この段階では具体物そのものや、指による計算であって、私が言うところの指算形式の段階である。

 しかし10までの計算が、指算形式によって自由に行われるようになると、彼等の数生活の拡張ともあいまって、8+9といった加え合わす数そのものは、10以下の数であっても、その結果は10を越えるような場合もある。即ち、指算形式による計算の結果、10という数範囲を越えて数は拡張されていく。

 勿論、こうした数の拡張は計算の結果ばかりではなく、子供たちの数生活そのものの発展にもよるが、とにかく、こうした計算の結果によっても、数範囲はつぎつぎと拡張されていくものである。

 その結果、23+46といった計算も必要にせまられてくる。こうなると、今まで数の発展をたすけた指算形式では、処理がむずかしくなり、数の発展をさまたげる足枷となって否定的な計算形式へと転化し、新しい内証に照応できなくなった指算形式は、拡張された数範囲にふさわしい暗算形式にその席をゆずることになるわけである。

 なお、ここで注目すべきことは、この新しい暗算形式の素地は、指算形式の過程で、できあがっているということである。即ち、暗算が自由に行われるためには、10までの数の合成分解と、10に対する補数が十分身についていなければならないが、それは指算形式の過程で培われるわけである。

 このようにして、指算は数の発展をうながし、暗算の素地を自分の胎内で育て、やがて自分を否定する暗算に世をゆずることになる。

 こうして、指算形式にとってかわった暗算形式は、拡張された数範囲にふさわしい計算形式として、一層その数範囲を拡張してゆく。即ち、23+42を計算することによって65を、65+73を計算することによって138をと数はどんどん拡張されるのである。

 ところが、この暗算形式もまた、自ら数の拡張をうながすことによって、再び否定される立場へと転化していく、即ち、78+96といった計算になると、念頭で数を保持することは困難となりそこに位ごとに形式的にかえてゆく筆算形式に席をゆずらなければならないことになる。しかも、暗算形式の過程で筆算形式に必要な位取りの観念は育てられていくのである。

 勿論、筆算形式が導入されたあとでも、暗算形式の存在価値が失われるわけではなく、それは、むしろ筆算を行う過程に暗算が必要であり、また、今までの数範囲の計算には依然として用いられ、なお、その上筆算形式が形式的・機械的な計算法であることから、それを補う概算の方法としてもすぐれているからである。

 以上のことから、一つの計算形式たとえば、指算とか暗算とか筆算といった計算の仕方は、数の発展と密接なつながりがあることに気づき、しかも、そのつながりは、単に一定の数範囲に数が拡張された時、その範囲の計算が自由にできるようになるといった静的なものでなく、数の拡張が計算形式の発展をうながし、計算形式の発展が数の拡張をうながすといった、力動的な関係にあることが理解される。

 さて、このことから指算から暗算へ移行させるとか、暗算から筆算へ移行させるためには、一定の数の拡張が期待されねばならぬことが明らかになる。

 また、このことから従来の一年生の算数指導が、いつまでも演算をとり入れないで、とり入れたとしても、あまりそれに力をそそがないでいたずらに数の拡張だけに力を入れていたということは、不自然であることに気がつかねばならない。

         ☆       ☆

以上私は、指算形式から暗算形式への移行の問題を中心に、計算力向上の問題点の一つとその対策を述べた次第である。

(おわり)

 

(算数と数学 月刊教育研究誌 教育総合研究所 1962年9月 No.128 P.16−18)