算数の学びと指導ー市原式

唯物弁証法の視点から算数教育を見直した小学校教師の著作集

教えたいことを 教えないで学ばせるには(7)

2. くり上がりの計算指導

 わたしは、一年生のくり上がりの計算を、つぎのように指導しました。まず色画用紙で作った10個いりの卵パックに、画用紙で作った卵の形を9個貼ったのと、色画用紙のざるに画用紙の卵を2個、3個、4個、---と切り抜いて貼ったのを用意しました。そして、まず卵が9個入っているパックと3個入っているざるをみせ、

T.「卵が9個あります。また3個持ってきました。卵は合わせて何個になるでしょう。」

とたずねました。

C.「12個です。」

 子どもたちは、図を見ながら答えました。わたしは、ここですぐその考え方を詮索しないで

T.「よくできたね。じゃあ卵を9個と6個ではいくつになるかな。」

といって、6個いりのざるととりかえてたずねました。子どもたちは、今度も図をたよりに

C.「15個です。」

と答えました。わたしは、パックの中の卵の数は変えないで、つぎつぎとざるの中の卵の数を、2個、4個、7個、5個、---と変えながら答えを求めました。子どもたちの計算は、だんだん早くなり「ハイ」「ハイ」と連呼してたいへんな調子です。つぎにパックに9とかいたふたをして答えをもとめさせました。そしてわたしは

T.「どうして、そんなに答えが早くわかるの。」

とたずねました。子どもたちは、得意満面で

C.「そりゃあ、ざるの中の卵が3個だったら1個とって12個と答えやいいし6個だったら1個とって15個とこたえやいいもん。」

C.「それは、パックの卵が9個だからみんな1個うつせばいいの。」

と答えました。

T.「なるほど、うまいことかんがえたね、じゃあ、ざるの中のどの数が数字でかいてあっても、できるかな。」

といって、あらかじめ裏に書いておいた数字を見せて答えを求めさせました。子どもたちは、

C.「かんたん。かんたん。」

といって、どんどん答えていました。

 こうして、パックの中の卵の数が8個の場合は、ざるから2個移せばよいことも、容易に気づかせることができました。こどもたちは、わたしから教えてもらわないで自分の力でくり上がりの計算では、10の補数に着目すればよいことに気づいたのです。

 

3. 直感的解決をよりどころに

 わたしは、この繰り上がりの計算で10の補数に着目すればよいことを優等生だけでなく、ひとりひとりの子どもに気づかせたいと思いました。そのために、まず10に対する補数が捉えやすい9という被加数をとりあげ、9+3、9+6、9+2、9+4、---といった同じパターンの直観的解決を集中的にくりかえさせました。そして、この直観的解決をくりかえす中で、1つ1つ数えたさなくても、1つたして10をつくればあとは残りの数をそのまま加えればよいことに気づかせました。即ち、直観的解決を集中的に何回もくりかえすことによって、子どもの思考回路の質的変化をうながし、

9+3=9+(1+2)=(9+1)+2=10+2=12

という計算の論理をひき出したわけです。そして、さらにそれを一般化するために被加数が8の場合についても考えさせるという手順をとったのです。

 “おしつけ授業”や“ひきまわし授業”でなくても、従来の指導では、被加数が8といった一般的な数値を持ってきて、8+6といった計算だけで、教師の期待する論理を子どもたちからいきなり引き出そうとしたところに、無理があったようです。そのため、一部の優等生がさまざまな考え方をあれこれと発表し、それを1時間中こねまわし、多くの子どもたちを退屈させるといった授業が多かったようです。

(つづく)

 

(算数数学指導 小学校編 大阪書籍(1976年) さんすう・しどう・ノートより)